第25回四国こんぴら歌舞伎大芝居


解説と見どころ
【第一部】(午前11時開演)
『平家女護島−俊寛』 へいけにょごのしましゅんかん
 この作品は『平家物語』(へいけものがたり)に題材を求めた作品で、近松門左衛門(ちかまつもんざえもん)が人形浄瑠璃(にんぎょうじょうるり)(現在の文楽)のために書き下ろしたものを歌舞伎に移した作品です。近代になってその作品性が高い評価を得て、繰り返し上演されるようになりました。
 平家討伐を企て鬼界ヶ島(きかいがしま)に流された俊寛僧都(しゅんかんそうず)、丹波少将成経(たんばのしょうしょうなりつね)、平判官康頼(へいはんがんやすより)のもとへ、赦免船が到着します。ところが上使の瀬尾太郎兼康(せのおのたろうかねやす)の赦免状(しゃめんじょう)には俊寛の名がありません。俊寛が嘆くところ、もうひとりの上使である丹左衛門尉基康(たんさえもんのじょうもとやす)が現れ、俊寛も赦されたことを告げます。こうして俊寛、成経とその妻の海女千鳥(ちどり)、康頼が舟に乗ろうとしますが、瀬尾は千鳥の乗船を許しません。悲しむ千鳥が自害しようとすると、俊寛は自分の代わりに千鳥を船に乗せようとします。これを妨害する瀬尾を俊寛は殺害し、ひとり鬼界ヶ島に残ることを決意します。やがて俊寛は孤独感に苛まれながら、赦免船を見送るのでした。
 勘三郎が当たり役の俊寛を勤めるほか、勘太郎の成経、七之助の千鳥、亀蔵の瀬尾、彌十郎の丹左衛門という配役で、海外でも高い評価を得ている近松の名作をお楽しみ頂きます。
『恋飛脚大和往来−新口村』 こいびきゃくやまとおうらいにのくちむら
 江戸時代に実際に起こった公金横領事件をもとにして、近松門左衛門が『冥途の飛脚』(めいどのひきゃく)という作品を書き下ろしました。これを改作したのが『恋飛脚大和往来』で、今回はその中から雪の中での親子の別れを描いた『新口村』を上演しますが、こんぴら歌舞伎では初の上演となります。
 公金を横領して傾城の梅川(うめがわ)を身請けした亀屋忠兵衛(かめやちゅうべえ)は、梅川を連れて故郷の新口村までやって来ます。ここへ忠兵衛の実の父である孫右衛門(まごえもん)が通りかかり、氷に足を滑らして転んでしまいます。これを見た梅川は孫右衛門を介抱し、やがて孫右衛門に目隠しをして忠兵衛と親子の対面をさせます。こうして忠兵衛と梅川は、降りしきる雪の中、孫右衛門との別れを惜しみながら、落ちて行くのでした。
 梅川が孫右衛門と忠兵衛を対面させる件(くだり)が、大きな見どころとなっている作品を、亀屋忠兵衛に扇雀、梅川に七之助、そして孫右衛門に彌十郎という清新な顔ぶれで上演します。

『新古演劇十種の内−身替座禅』 しんこえんげきじゅっしゅみがわりざぜん

 狂言の『花子』(はなご)を題材にとり、恐妻家の男とその妻の様子を主題とした作品で、松羽目舞踏の代表的なものです。
 都の大名である山陰右京(やまかげうきょう)は、かつて深い契りを交わした花子と逢うために、一晩座禅をすると偽って出かけていきます。一方、奥方の玉(たま)の井(い)は夫の見舞いにやって来ますが、座禅衾(ざぜんふすま)を取り上げると、中にいたのは太郎冠者(たろうかんじゃ)であるので、烈火のごとく怒ります。そして右京を懲らしめようと、太郎冠者の代わりに自らが座禅衾を被り、夫の帰りを待ちます。やがてほろ酔い加減の右京が戻って来て、花子とののろけ話を語り始め上機嫌で座禅衾を取り上げると、中から現れたのは玉の井。驚いて逃げ出す右京を玉の井は追いかけて行くのでした。
 大名ならではの品格と独特の色気が必要な山陰右京に勘太郎が挑み、夫思いの奥方玉の井を扇雀が勤めます。
【第二部】(午後3時40分開演)
『伊賀越道中双六−沼津』 いがごえどうちゅうすごろくぬまづ
 日本三大仇討ちの一つである伊賀鍵屋(いがかぎや)の辻(つじ)の仇討ちに取材した作品で、もともとは人形浄瑠璃の作品として書き下ろされました。初演後まもなく歌舞伎に移されましたが、今日まで名作として繰り返し上演されています。今回上演される『沼津』は東海道の街道風景と、親子の愛情を巧みに描いており、この作品の中で最も人気がある場面です。
 東海道沼津宿の雲助平作(くもすけへいさく)は、呉服屋十兵衛(ごふくやじゅうべえ)の荷物を担がせてもらいますが、転倒して怪我をするので、十兵衛は平作を介抱します。そして十兵衛は平作と共に先を急ぎますが、ここへ平作の娘お米(よね)が通りかかり、その美しさに見惚れる十兵衛は、平作の家に一夜の宿を乞います。
 ところがその日の夜に起こったある騒ぎから、十兵衛は平作が実の父で、お米が妹であることを悟ります。そして十兵衛は、自らの氏素性(うじすじょう)が書かれた書付と、三十両の金を置いて旅立って行きます。一方平作は、十兵衛が我が子であること、また十兵衛の印籠(いんろう)から、十兵衛がお米の夫和田志津馬(わだしづま)の仇である沢井股五郎(さわいまたごろう)と近い人物であることを知り、その後を追って行きます。
 やがて平作は一命を賭して、十兵衛に股五郎の行方を訊ねます。実の父のかくまでの思いに心打たれた十兵衛は、藪に潜むお米と池添孫八(いけぞえまごはち)に股五郎が九州に落ちていったことを告げて、虫の息の平作と親子の名乗りをするのでした。
 昭和六十二年(1987)に行われた第三回こんぴら大芝居で先代勘三郎が金丸座で上演したゆかりある作品を、当代勘三郎が雲助平作を勤め、勘太郎の呉服屋十兵衛、七之助のお米、亀蔵の池添孫八、という配役で上演する注目の舞台です。客席を沸かせる演出が見事な沼津棒鼻(ぬまづぼうばな)の場を始め、哀愁溢れる千本松原(せんぼんまつばら)の場など、見どころ多い義太夫狂言の名作です。
『闇梅百物語』 やみうめひゃくものがたり
 この作品は、妖怪たちを主人公としたユーモラスな舞踏で、四国こんぴら歌舞伎大芝居講演では過去に二回上演されているように、金丸座ではお馴染みの演目です。
 大名屋敷で百物語を行い、百本目の蝋燭(ろうそく)を小姓の白梅が吹き消すと、白梅はいつの間にかのっぺらぼうとなってしまします。源兵衛堀(げんべえぼり)での唐傘(からかさ)のお化けと河童(かっぱ)と狸(たぬき)の飄逸(ひょういつ)とした踊りに、吉原田圃(よしわらたんぼ)に現れた雪女郎(ゆきじょろう)と新造(しんぞう)との艶(あで)やかな踊り。そして枯野原(かれのはら)の骸骨(がいこつ)の可笑(おか)し味ある踊りから一転して、花見の中での読売(よみうり)たちの賑(にぎ)やかな踊りと、華やかな踊りづくしとなっています。
 今回は一座総出演でたっぷりとお楽しみ頂きます。


【戻る】