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「弘前ねぷた」とは

記事ID:0006034 更新日:2021年3月12日更新
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弘前ねぷたとは

あ国の重要無形民俗文化財にも指定され、青森県津軽地方の夏を彩る「弘前ねぷたまつり」は、毎年8月1日~7日に開催され、三国志や水滸伝などの武者絵等を題材とした大小約80台の勇壮華麗なねぷたが、城下町弘前市を練り歩く夏まつりです。

笛・太鼓のお囃子(はやし)につれて「ヤーヤド、ヤーヤド」の掛声とともに、気勢をあげて大勢が山車を引きます。

 

 

 

弘前ねぷたの山車は大型の燈籠(とうろう)で、扇ねぷたを主として、人形型の組ねぷたも見らます。

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ねぷたは各町内会、愛好会、職場団体等がこれを運行するが、ねぷたの骨組み、絵、囃子等にたずさわる人々は、弘前市内全域にわたっています。大小数十のねぷたの中には古風をよく残したものも多く、青森のねぶたと並んで貴重な民俗行事です。

 

「ねぷた」の呼称ですが、青森ではねぶた、弘前ではねぷたと言います。いずれにしても訛りの違いで藩政時代から明治時代の記録にも「子ムタ」「子ぷた」「ねぷた」「祢ふた」「侫武多」と様々に呼称されています。
ねぷたの行事は古来旧暦で行われましたが、現在は新暦8月1日から7日に定めて行なわれています。その由来について、観光パンフレット等に坂上田村麻呂や藩祖為信にちなむ伝説が書かれていたりもしますが、これは後年つけ加えられたもので、本来は全国各地に残る盆行事の「眠り流し」に属する行事であるとされています。

ねぷたについて確実な記録は享保7年(1722年)五代藩主信寿のねぷた見物が最古であり、令和4年(2022年)には300年の節目を迎えます。また、絵画資料では、天明8年(1788年)に八代藩主信明の国入りにしたがった比良野貞彦の描いた『奥民図彙』の「子ムタ祭之図」が最古のものです。藩政時代は現在のような組ねぷたや扇ねぷたではなく、四角な燈籠に飾りをつけたものや、野菜を形どった組ねぷたであったことがわかります。